ことばの百科店

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「二月・四月」と「五月・九月」

別のいくつかの記事で、「関西地方の他の地域の言葉にはない いくつかの特徴(トゲ?)が伊勢ことばにはあります」と書きました。どういうことなのでしょうか?

関西風の言葉になりたかったが なりきれなかった。京の都と同じような美しい言葉遣いになりたかったのに なりきれず、いくつかの「非関西的」要素が残ってしまった。それが伊勢ことばが今でも持っている「トゲ」かも知れない。そんな思いです。科学的な根拠も確信も希薄で、偏見に満ちた暴論と言われてもしようがない、そんな私の伊勢ことばの「トゲ」論です。
そういった「トゲ」をもう一つご紹介します。

大阪や京都の関西風のアクセントで育った若者が放送局に就職してアナウンサーとしての人生を歩み始めたとします。新人研修を終えるまで、また、終えた後も新人たちを悩ませるのが標準語というやつ、特にアクセントではないでしょうか。昔と違って最近の若い人たちは普段から標準語に触れる機会が多くあり、私たちが思うほど大変ではないのかも知れません。しかし、プロの厳しさは部活やアルバイトのレベルではないはずです。

私は放送局・テレビ局などの内部の実情なんぞ全く知りませんから、自宅でテレビ番組を観て ああだこうだと評するしか方法がないのですが、「あれ?そこ、アクセントが違うよ」などと突っ込みを入れたくなる場面はしょっちゅうあります。特に関西育ちの人が良く間違える典型的なパターンというのがあります。
これは必ずしも新人に限りませんし、アナウンサーだけではなく気象予報士さんなど(昔と違って、皆さん標準語がとても上手になっていらっしゃるのですが)にも同じことが言えます。

例えば、新人アナウンサーが「二月」「四月」を頭高で「ニ\ガツ」「シ\ガツ」とやって先輩アナウンサーにじんわり直される場面を何度か見ました。
標準語アクセントの「ニガツ\」「シガツ\」をしっかりと叩き込まれたはずなのにです。バラエティー系の番組だとその辺は編集なしでそのまま放映されますしね。

「ニ\ガツ」というのは「ニ」が高く「\」から後が下がるという意味です。「高低低」であり五線譜の「レドド」みたいなものです。頭高型。
「ニガツ\」というのは「ニ」が低く「ガツ」が高くてそれに続く助詞(「に」とか「が」とか)は下がるという意味です。つまり、「低高高+低」であり五線譜の「ドレレ+ド」みたいなものです。(但し助詞が「の」である場合は例外で、下がらないのが普通だと思います) 尾高型。

関西弁では「二月・四月・五月・九月」はどれも同じアクセントですから、それらを二通りに使い分けるというのは結構神経を使うことなのです。(新人アナがしっかりと教え込まれるらしい「カ゜」<ガ行鼻濁音>についてはこの稿では触れません)

”関西弁では”と言いましたが、関西以外の(特に西日本の)地方ではどうなのでしょうか。西日本にも東京式アクセントの地域があります。(完璧に東京と同じアクセントという意味ではありませんよ) 
私の知る限りで言えば、中国地方のほぼ全域、四国地方のごく一部(愛媛県の宇和島周辺)、九州北部の一部(福岡県・大分県のそれぞれ一部)です。それ以外にも奈良県十津川村などもそうらしいのですが、私は自分自身の耳で確認していませんので ここでは取り上げません。なんせ十津川村は隣の県にありながら東京なんかよりもはるかに遠いので(笑)。

それらの地方は私の知り得る限り、「二月」「四月」のアクセントは関西式と同じ「ニ\ガツ」「シ\ガツ」つまり「頭高型」であるらしいです。うちの奥方は山陰地方の出身ですが やはり「二月」「四月」を「ニ\ガツ」「シ\ガツ」と発音します。昔、ほぼ毎日のように聴いていたラジオパーソナリティの諸口あきらさん(故人)は北九州市門司の出身で、番組の冒頭で必ずその日の日付、つまり「何月/何日/何曜日」を言ってからおしゃべりを始めるのが決まりでしたが、「二月」「四月」はやはり「ニ\ガツ」「シ\ガツ」でした。

この「二月・四月」のアクセント、特に最近 東京の若者が使う「頭高型」の「ニ\ガツ」「シ\ガツ」に関してはネット上でも色んな方が色んなコメントを発していらっしゃるのですが、多くの方は「時代の流れ」とか「年齢層の違い」とか「尾高型こだわる古い人間」とか、そういう世界観の上に立って発言しているように思えます。でも私は世代の違いよりも出身地の違いのほうが要因としては大きいと思うのですが、どうでしょうか。

先ほどから書いていますが、「ニガツ\」「シガツ\」と発音する地域は日本の中ではいわば少数派なんです(たぶん・・・私のいいかげんな推測ですが)。その少数派が唯一(でもないか)よりどころとしているのはNHKをはじめとする放送メディアがそれを「標準」語と定めていることではないでしょうか。

東京で生まれ育った若者でも両親が標準語の使い手とは限りませんし、育った土地が新興住宅地なら周囲は色んな地方の出身者でしょう。このことは私がわが子の大阪弁を聞いていつも感じていることです。同級生の中に○○県辺りから転校してきた子がいて、その子の話し方に感染?したなと思わせるようなアクセントがわが子の大阪弁に混じっているのです。私はそれを「時代の流れ」とか「年齢層の違い」などとは思いません。
東京育ちの若者の中に「二月」「四月」を「ニ\ガツ」「シ\ガツ」つまり「頭高型」で発音する人がいるとしても、それを「時代の流れ」とか「年齢層の違い」だと決めつけるのは早すぎると思うのです。単に個人的な事情(例えば感染?)や環境かも知れませんし。

ただ、その話に深入りすると本題から外れそうになりますし、それよりも私が本題を忘れそうになっていますので(゜゜;)\(--;) 元に戻します。

大阪や京都の関西弁では「二月・四月・五月・九月」はどれも同じアクセントだと書きました。じゃあ、伊勢ことばではどうなんだという話なんですが、結論をあっさりと言ってしまいますと「二月・四月」と「五月・九月」とではアクセントが違うのです。「五月・九月」は「ゴ\ガツ」「ク\ガツ」つまり「頭高型」でほかの地方と同じです。問題の「二月・四月」は「高高低」であり、標準語の「ニガツ\」「シガツ\」とも違います。

標準語に「高高低」というアクセントパターンは存在しませんが、伊勢ことばには「高高低」の単語が結構あります。「あたま(頭)」「ことば(言葉)」「はなし(話)」「つきみ(月見)」「たから(宝)」などなど沢山です。

お気づきでしょうか? それらはみんな標準語アクセントでは「〇〇〇\」つまり「尾高型」ですよね。「二月・四月」も含めて伊勢ことばの「高高低」は標準語の「〇〇〇\」に対応しているものが多いのです。大阪や京都の関西弁ではそれらは概ね「〇\〇〇」つまり「頭高型」です。なので「二月・四月」も含めてみんな「五月・九月」と同じ引き出しに入っているわけです。
それに対して、伊勢ことばには「高高低」のアクセントパターンが根強く(しつっこく?)残っているために、「二月・四月」と「五月・九月」とは別々の引き出しに入っているということになります。

冒頭の「関西地方の他の地域の言葉にはない いくつかの特徴(トゲ?)が伊勢ことばにはあります」の、これも一例です。伊勢ことばは基本的には近畿方言であり関西風の言葉遣いのはずなのに、こんな「トゲ」がいくつかあるのはなぜなんでしょう。
どなたか教えてください。


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