ことばの百科店

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グリコ犯の「あやもおて」

1984(昭和59)年3月に発生して日本中を騒がせたグリコ・森永事件。今もなお未解決で真相はなぞのままです。(2000年2月12日完全時効が成立)

騒ぎの発端となった、グリコの江崎勝久社長が監禁されていた茨木市・摂津市の市境付近にある水防倉庫は、実は、私が働いていた職場のすぐ近くにありました。何機ものヘリコプターが頭の上をバリバリバリバリと飛び回っていたのをよく憶えています。
その後の事件の舞台(金の受け渡し場所に指定されたレストランとか脅迫状が置かれていた陸橋の下とか)の多くが私の住まいからさほど遠くない所だったので 私にとっては到底忘れることのできない事件です。

「劇場型犯罪」だとか「テレビ・新聞などを利用して大衆操作をした20世紀型犯罪」だとか色んな表現で形容された事件でした。
何通にも及ぶ脅迫状・挑戦状(タイプ打ちで関西弁もどきの独特の文体)、女性や男の子の声を録音したテープによる脅迫電話などなどが話題として大きく取り上げられ、テレビの特番では大阪出身のアナウンサーがいかにもそれらしい(正統派?大阪弁の)アクセントで朗読したりしていました。

「これみよがしの関西弁がかえって関西以外の人間を思わせる」と書いた新聞もあったのですが大きな声にはなりませんでした。
塩田武士氏の小説「罪の声」はこの事件をモデルにした長編小説で、犯人となる登場人物は関西人です。(あくまでもフィクションですから・・・)

しかし、天邪鬼なのか、私は当初から「この事件の犯人たちは本当に関西の人間なのだろうか?」という疑問を持っていました。脅迫電話に使われた女性や子供の言葉のアクセントはどちらかというと標準語に近く、関西弁とは異質の話し方です。某民放の有名アナウンサーは「普段は関西風に喋っていても文章を読まされる時は標準語に近い言葉になる人が多いから・・・」と言いましたがそんなものでしょうか。脅迫状などの文章で「これでもか これでもか」というくらいに関西弁を前面に押し出してくる犯人グループがそんな場合に限って標準語風を吹かすでしょうか。それはあまりにも不自然です。
関西弁のアクセントを使える人間が周囲にいなかった、というのが実際のところだろうと思います。

犯人から送られてきた脅迫状・挑戦状の文章をじっくり読んでみたところ、関西人(つまり関西弁を母語として育った人)なら決してやらないようなミスが2カ所ありました。他の記事でいくつかご紹介している「モジク現象」がこんな所にもあったのです。("「モジク現象」とは?”
実はこの記事の本題はここからです。先ほどまでのは前置きです。(長くてすみません)

その年の11月1日に報道機関宛に送られてきた挑戦状です。
「警さつちょうの すずき え
(略)
森永が わしらに あやもおて 金 はろうたら 森永ゆるしたっても ええで
(略)」

もう1通は翌1985(昭和60)年1月16日に読売新聞大阪本社の玄関前に置かれていた挑戦状です。
「がんばる 森永の みなさん え
(略)
もっと こわごうとるのは わしらがしょおこ ほってまう ことや
(略)」

何となく意味はおわかりでしょう。「あやもおて」は「あやまって(謝って)」のつもり、「こわごうとる」は「こわがっとる(怖がっとる)」のつもりでしょうが、もちろん こんな関西弁はありません、というよりこんな日本語はありません。

ご存知のように動詞のワ行五段活用は西日本と東日本とでは違います。例えば・・・

⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘東日本⌘⌘⌘⌘⌘西日本
かう(買う)⌘⌘⌘⌘⌘かって⌘⌘⌘⌘⌘こうて
いう(言う)⌘⌘⌘⌘⌘いって⌘⌘⌘⌘⌘いうて
はらう(払う)⌘i⌘⌘はらって⌘i⌘⌘はろうて
ちがう(違う)⌘i⌘⌘ちがって⌘i⌘⌘ちごうて

しかしラ行五段活用は・・
⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘東日本⌘⌘⌘⌘⌘西日本
あやまる⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘あやまって⌘⌘⌘あやまって
こわがる⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘こわがって⌘⌘⌘こわがって

という感じで同じです。
ふだん「買って」「払って」と喋っている人間が意識的に関西弁を使おうとしたとき、「あやまって」「こわがって」にまで 先ほどの

⌘⌘⌘かって→こうて
⌘⌘⌘はらって→はろうて

の変化パターンを当てはめてしまったのが間違いの原因でしょう。そうとしか考えられません。
それが何を意味するか。
もちろん決まっています。
これらの脅迫状・挑戦状の書き手は日常「買うて」「払うて」ではなく「買って」「払って」という言葉遣いの持ち主、ということは岐阜県・愛知県より東の地域出身でその当時も(たぶん)そこで生活していた人物ということになります。

厳密に言うと「買って」「払って」を使う地域は西日本にもあります。それは鳥取県です。(兵庫県北部日本海側の一部の地域も含むかな?)
西日本の他の地域と違って(よほどのお年寄りに関しては知りませんが)ほとんどの鳥取県人は「買って」「払って」を普通に使いますから「あやもおて」や「こわごうて」といった「翻訳ミス」はあり得ます。

しかし私は 別の理由で 鳥取はこの事件とはたぶん無関係だろうなと思っています。別の記事("たい焼きは頭で食べる”)を読んでいただきたいのですが、これらの脅迫状・挑戦状の書き手は「どこそこで」と「どこそこから」を正確に使い分けているからです。
その点に限って言えば「モジク現象」は見当たりませんでした。("「モジク現象」とは?”

これほど人々の関心を集め注目された事件ですから「”あやもおて”なんて不自然な関西弁ですね」という程度の感想はよく聞きました。しかし、ここで私が書いたような切り口での分析を試みた人はどれほどいらっしゃったのか、世間に問いかけてみたいものです。もしいらっしゃったら ぜひご連絡ください。


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