ことばの百科店

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次は神田でごぜえやす

毎日新聞社客員編集委員・近藤勝重氏のエッセイにこんな文章がありました。一部分ですが紹介します。

⌘⌘⌘以前、東京の女子大で授業をしていたころ、学生の一人がこん
⌘⌘⌘な作文を書いた。
⌘⌘⌘「大阪へ遊びに行って電車に乗った時、アナウンスが大阪弁
⌘⌘⌘じゃなかったので裏切られた気がした」
⌘⌘⌘その時は、そんなアホな、と思ったが、今は、それ、ええや
⌘⌘⌘ん、ええアイデアや、と思っている。
⌘⌘⌘電車のアナウンスが、「次は新大阪でおます。新大阪でおま
⌘⌘⌘すー」となるわけだ。

なるほど、その論法で行くと東京の電車のアナウンスは「次は神田でごぜえやす。神田でごぜえやすー」とでも言うべきなのかな?と思ってしまいました。「次は新大阪です」と言ったらそれは大阪弁じゃない。大阪弁に「です」や「ます」があるわけない。それは「標準語」だ。という主張は言い換えれば、標準語と共通の単語は方言のうちに入らない、という考えであり・・・つまり、方言を体系としてではなく語彙レベルでのみ見ているということでしょう。
もちろん、近藤氏は「です」「ます」という語彙は大阪弁には存在しない、などと主張しているわけではありません。しかし、別の記事でも書きましたが

⌘⌘「大阪では基本的に『いる』と言わず『おる』と言います」

などと平気で発言する人が大阪にさえ実在するくらいですから、そんな勘違いをする人が出現しても不思議じゃありません。("東京で「ありがとう」、大阪では「おおきに」?”

体系レベルであれ語彙レベルであれ、東京で使われている言語イコール「標準語」なのだ、全国共通語なのだ、という発想から来る現象がここにもあるという例を以下に紹介します。

テレビでよく見る海外取材番組では現地の人の発言を日本語の字幕または吹き替え(あるいはその両方)で放送することがよくありますね。その日本語って こんなの↓が多いと思いませんか?

「これもみんな私が作ったのよ。中を見せてあげるわね」
「そんなの簡単さ。これとこれを混ぜればすぐ出来ちゃうぜ」

初対面のはずの取材陣に対していきなり”ため口”というのも不自然な話ですが、翻訳スタッフはそうは思わないと見えて、けっこうこんな日本語訳が出てきます。
この手の海外取材番組で仮に(あくまで仮にですよ)こんな↓日本語訳が出てきたら あなたはどう感じますか?

「ほうじゃのう、今日は雨が降りよるけん客の入りはあんまし好うないけんど・・・」

海外取材番組でそんな方言が出るわけないだろ、何考えてんだ、というような声が聞こえて来そうですね。でも現にやっているじゃないですか、テレビ局は・・・
「作ったのよ」「簡単さ」などなど。これらは東京方言でなくて何ですか?これらを「標準語」だと言い張る人の頭の中を覗いてみたいものです。

「これもみんな私が作りました。中をお見せしましょう」
「そんなことは簡単です。これとこれを混ぜればすぐ出来ますよ」
といった常識的な、ごく普通の日本語ではよっぽど気に入らないのでしょうね、海外取材番組のスタッフたちは。


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