ことばの百科店

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「飲ませられる」と「飲まされる」

先日、近くの図書館で金谷武洋(かなや たけひろ)氏の著書
⌘⌘『日本語は敬語があって主語がない 「地上の視点」の日本文化論』(光文社新書)
を借りて、読みました。文章がわかりやすく、内容が面白いので一気に読んでしまいました。

「食べることができる」という意味の「食べられる」を「食べれる」と表現する人が世の中には沢山いますが、そういう言い方を「ら抜き言葉」と侮蔑的に呼び「文法的に間違った日本語だ」と非難する人が これまた沢山いるのも事実です。

金谷氏はこの本の中で
⌘⌘「ら抜き」という呼び方自体が言語学的に言うと明らかに間違いだ
という視点から批判を展開しています。
私がだらだらと引用するよりも この本を読んでくださるほうがよっぽど速いし正確だと思いますので、ぜひお読みください。

私自身は「食べれる」「出れる」「見れる」といった表現をしない地方で育ったのですが(つまり「食べられる」「出られる」「見られる」のほうです)、社会人になって大阪へ出て来たら 周りはむしろ「食べれる」「出れる」「見れる」などが普通でしたから すぐに慣れました(特に九州や四国出身者は大体そうでした)。

「ら抜き言葉」と並べて「さつき(さ付き)言葉」についても金谷氏は批判していますが、こちらの方は呼び方を問題にするのではなく「さつき(さ付き)言葉」そのものが明らかな誤用で、呼び方は正しいという立場です。
「さつき言葉」というのは たとえば「休ませていただきます」と言うべきを「休ませていただきます」というように余計な「さ」を加える言い方です。
さほど頻繁でもありませんが、確かに聞くことがありますね。どちらかというと 改まって改まって、丁寧に丁寧に物を言おうとするとき出てしまう言い方だという印象があります。
政治家がよく使う「(法案が)衆議院を通過して・・・」を連想してしまうのは考え過ぎですかね(^^)。

「さつき言葉」の第二の用例として 金谷氏は使役受身形を挙げています。宴会で酒を無理強いされる状況で「飲ませられる」と言えばいいものを「飲ませられる」と言う人がいるという例です。私はあまり記憶がありませんが 確かにいそうですね。

金谷氏はこの後
⌘⌘ここの「さ」は不要であって、「飲ませられる」が正しいばかりか、さらには「飲ませられる」を縮約した
⌘⌘「飲まされる」さえあります。
と書いているのですが、ちょっと、ちょっと待ってください。「飲まされる」って「飲ませられる」の縮約形なんですか? え?え?

動詞の使役形は(金谷氏のローマ字分析の書式で書けば)「-(S)ase-」となるはずですよね。
⌘⌘飲む→飲ませる「nom-aser-u」
⌘⌘食べる→食べさせる「tabe-s-aser-u」
(書き方が間違っていたら↑ごめんなさい)

でも、使役形が「-(S)ase-」ではなく「-(S)as-」となる地方も多いじゃないですか。
⌘⌘飲ませる(ではなく)→飲ます「nom-as-u)
⌘⌘食べさせる(ではなく)→食べさす「tabe-s-as-u」
(私の郷里でも そうです)
もちろん、金谷氏がそんなこともご存じないなんてことは夢にも思っていません。ちょっとした揚げ足取りとして大目に見てください。

「飲ませる」ではなく「飲ます」を受身形にすると、ごく自然に
飲まされる「nom-as-are-u」となるわけで、何の縮約形でもないはずです。
でも、この本を読んで、そーっか「飲まされる」ってのは「飲ませられる」の縮約形だったのか、なんて早合点する人がいたら困るなあ、と少々真面目に考えたりもしてしまいます。


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