ことばの百科店

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「私の」と「私のん」

大阪の大学で永らく教鞭をとっておられたM教授。大阪弁の研究ではなかなか有名な方で、著書も多くあります。すでに故人となられた方ですが、その方がお書きになった本の中に「道草をくう表現」という一文があります。
同じ事を言うのに大阪弁では東京弁よりも音数が多くて長ったらしくなってしまう(だから非能率的?)、という文脈で論じていらっしゃるのですが
例えば・・・

⌘⌘ ⌘⌘東京弁「○○するから」
⌘⌘ ⌘⌘大阪弁「〇〇するさかい」

⌘⌘ ⌘⌘同「○○も」
⌘⌘ ⌘⌘同「○○かて」

⌘⌘ ⌘⌘同「○○しても」
⌘⌘ ⌘⌘同「○○したかて」

⌘⌘ ⌘⌘同「○○ばかり」
⌘⌘ ⌘⌘同「○○ばっかり」

などと、挙げられています。
正反対の例、例えば

⌘⌘ ⌘⌘同「ありません」
⌘⌘ ⌘⌘同「おまへん」

などもけっこうあるはずなのですが、それらは完全に無視されています。
ですから、全体としていちいち反論する気も起らないような論旨ですが、一つだけ聞き捨てならない例示があります。それは・・・

⌘⌘ ⌘⌘同「私のです」
⌘⌘ ⌘⌘同「私のんです」

というものです。

御存じでない方が多いかもしれませんが、大阪弁では「〇〇の」も「〇〇のん」も使います。(最近の若い人は「〇〇のん」をあまり使わなくなった感がありますが)
「私の」を英語で言うならば「my」ですし「私のん」は「mine」なのです。おわかりいただけるでしょうかねえ、「私の」と「私のん」とは意味も文法的役割も全く違うわけです。
「私の本」とは言いますが「私のん本」とは絶対に言いません。ぜーったいに言いませんよ。「my」と「mine」の違いですから当然でしょう。

他の土地の方言ではあまり聞いたことがない、「〇〇の」と「〇〇のん」の意味の違い・使い方の違い・文法的な違いについて”これぞ大阪弁の特徴”として紹介するのならともかく、何の紹介も説明もなしに「こっちの方が音数が多いから大阪弁は・・・」って 論理の方向が間違っていませんか?M先生・・・。
大阪言葉の研究により なんたら賞やら かんたら賞やらを受賞されたM教授ほどの方の御説とはとても思えません。

私のような無学なド素人がこんなことを言うのはバチ当たりかもしれませんが、黒いものを白いというわけにはいきません。それだけの話です。

それにしても「my」と「mine」とに相当するような こんな使い分けをする方言って他の地方にもあるのでしょうか?私の出身地には残念ながらありません。
大阪以外の関西圏ではどうなんでしょう。


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