ことばの百科店

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いとし・こいしは「上方漫才界の大御所」ではない

もう10年近く前になりますが、私が毎日新聞に投稿した(そして無視された?)原稿を以下に再録します。文章はその時のままです。

再録--ここから↓

9月20日大阪版夕刊に掲載された、濱田元子記者の「手話落語:桂福団治さん、手の芸極め30年 記念の寄席、24日に開催」について少しばかり苦言を呈するものです。
記事の冒頭に「上方落語家の桂福団治さん(67)が手話落語を考案して今年で30年。」云々とありますが、この場合なぜ「落語家」でなく「上方落語家」と表現する必要があるのか理解できません。もし仮にこれが東京の落語家さんの話題だったら濱田記者は「東京落語家」とか「江戸落語家」とか書きますか?そうではなく、きっと「落語家」と書くでしょう。東京で演じられるのは「落語」で大阪のそれは「上方落語」だとお考えですか?そんなばかなことはありません。両者は、片方がもう片方から枝分かれして成立したというような関係ではありません。上方の落語も江戸の落語も「落語」という単一の芸能ジャンルです。ですからどうしても必要あって大阪なのか東京なのかを区別しなければならない時以外は「落語家」と書くべきだと思います。濱田記者はどうお思いですか?

同じような話でもっと強く苦言を呈したいのは、今年8月2日朝刊に掲載された「ヒバクシャ広島/長崎:’08夏 喜味こいしさん 葛藤63年、今語る」です。立石信夫記者の文です。
「上方漫才界の大御所、喜味こいしさん(80)は広島の被爆者だが、これまで・・・」という書き出しは私に言わせれば喜味こいしさんに対して大変失礼な表現です。
こいしさんは「上方漫才界の大御所」ではありません。「漫才界の大御所」なのです。尾張万歳やら三河万歳やらの「万歳」はさておいて、エンタツ・アチャコを嚆矢とする「漫才」は大阪で生まれ、大阪で発展・確立した芸能ジャンルです。まるで何かからの「のれん分け」のように地域名を冠して呼ばれるローカル芸能ではありません。
何年か前の「漫才ブーム」のころから、漫才が東京のテレビ局をキーステーションとして全国に発信されることが多くなりました。東京の(というより東京を軸として動いている)マスメディアが「上方漫才」などという用語を作って使いだしたのがちょうどその時分だったと私は記憶しています。大阪の芸能関係やマスコミ関係もそれをほとんど抵抗なく受け入れてしまっています。それがこういう新聞記事にも反映していると言えるでしょう。
世の中には「落語」「漫才」というものがあり、それとは別の所に「上方落語」「上方漫才」というものがある、という意識を若い人たちに植えつけられては大変です。

それぞれ、記事の趣旨とは外れた部分の苦言で恐縮なのですが濱田記者や立石記者がどう考えていらっしゃるのか、もし機会があればご意見やらお考えを披露していただければ嬉しく思います。

再録--ここまで↑

もうずいぶん前の文章で、当の喜味こいしさんはすでに亡くなられた(相方でお兄さんの夢路いとしさんはもっと以前に亡くなっていらっしゃる)のですが、マスコミ関係者の頭の中は今でもほとんど変化していないように思えます。


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