ことばの百科店

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「現地音尊重」は虫除けスプレー?

先日、「在日の涙-間違いだらけの日韓関係」(飛鳥新社/2017年発刊)という本を興味深く読みました。著者は辺真一(へん・しんいち 변진일<ピョン・ジンイル>)さんというジャーナリストで「コリア・レポート」編集長でもあります。テレビで日韓問題を取り上げる番組には必ずと言っていいほど登場する解説者としても有名な方です。
ご本人は東京生まれ、東京育ちの在日コリアン二世だそうです。

辺氏の著作を紹介するのがこの記事の目的ではありません。ただ、この本の主たるテーマからは外れるのですが少しばかり注目すべき記述があります。著者自身も「余談だが・・・」と前置きして書いている部分で、「いつからかは知らないが、韓国人の固有名詞に韓国風のルビを振り、発音するのは、日本のメディアの意識過剰だったのではないかと考える」というくだりです。
「日本の新聞やテレビは韓国人を「パク・クネ」と呼ぶが、毛沢東を「マオ・トゥトン」とは言わない。(略)私から見れば、日本のメディアは韓国・北朝鮮に気を使いすぎていると思う。北朝鮮ですら毛沢東を「モウ・テットン」と朝鮮式で呼んでいる。「マオ・トゥトン」と言わないからといって、中国が北朝鮮に抗議したというなどという話は聞かない。」

このサイト「ことばの百科店」の別の記事("「ヒオデジャネイロ」なんて どこにあるの”)でもちょっぴり触れている「現地音主義」に関して、韓国・朝鮮系の人からこういう意見が出てくるとは意外でした。

この問題については有名な訴訟騒ぎがあったのをご存知でしょうか。「騒ぎ」なんて言い方は失礼かも知れませんが、1975年に北九州市に住む崔昌華(최창화)という名前の牧師がNHKに対して、自分の名前を「サイ・ショウカ」と日本語読みにして呼んだのは人権を軽視するものだと、1円の損害賠償を求める「1円訴訟」を起こしました。「チォェ・チャンホア」が正しい読み方だからそう呼べ、という主張だったのです。

崔昌華という人は1954年に(つまり戦後)日本に密入国した韓国人だそうです。

訴訟自体は原告敗訴で終わったのですが、その後、NHKをはじめとして日本のマス・メディアの流れが大きく変わりました。ご存じのとおり韓国や北朝鮮の地名・人名を、例えば釜山は「ふざん」ではなく「プサン」と呼び、金日成は「きん・にっせい」ではなく「キム・イルソン」と呼ぶのが当然のような風潮になり現在に至っています。現地音を尊重しようという事らしいのですが、例えば全羅南道(전라남도)を「ぜんらなんどう」と読むのは不適切だから「チョルラナムド」と読みなさい、というわけです。
でも、ちょっと待って下さいよ。「チョルラナムド Cho-ru-ra-na-mu-do」なんて元の「전라남도 Jeolla namdo」とは似ても似つかない音じゃないですか。これだったら「ゼンラナンド」の方がよっぽど現地音に近いと私は思うのですがどうでしょうか。韓国人が発音すると「ゼ」が「チェ」になるからなおさらでしょう。

辺真一氏は1947年生まれとのことですから世代的には、当然その訴訟騒ぎをご存知のはずでしょうけど、「在日の涙」にこの訴訟に関する記述はありません。

話が飛びますが、私は1980年代前半から1990年代中頃にかけて中国の吉林省や遼寧省に住む若者たちと国際文通をしていました。いずれも漢族(つまり狭義の中国人)ではなく朝鮮族の人達です。多くの在日朝鮮・韓国人と違って、生まれた時から朝鮮語で生活しています。たいていは中国語(漢語)も使えるようです。

その中の一人(女性です)にさっきの訴訟騒ぎの一件を紹介したところ、「信じられない」という反応が返ってきました。友人や学校の先生たちも「首を横に振って笑うばかり」だったそうです。
彼女の話では
⌘⌘1:朝鮮族同士が朝鮮語で話すとき、漢族の名前は朝鮮式に発音
⌘⌘⌘⌘⌘する。
⌘⌘⌘「毛沢東」は「Motaegdong(モ・テットン)모택동」。
⌘⌘2:朝鮮族が漢族と漢語で話すとき、自分の名前や他の朝鮮人の
⌘⌘⌘⌘⌘名前は漢語式に発音する。「金」ならキムではなく「Jīn
⌘⌘⌘⌘⌘(チン)」。
⌘⌘⌘「金日成」は「Jīn rì chéng(チン・リーチョン)」。
⌘⌘3:漢族が漢語で話すとき、朝鮮人の名前をすべて漢語式に発音
⌘⌘⌘⌘⌘する。朝鮮式に発音しろと言っても無理。

だそうです。
自分の名前を日本式に呼ぶのは"人権を軽視するもの"だ、と訴訟を起こす人物と同じ民族だとはとても思えません。

当然ながら、人名だけでなく地名も同じことです。延辺朝鮮族自治州の中心都市は延吉(えんきつ)市ですが、「延吉」を漢族は漢語式に「Yánjí(イェンチー)」と呼び、朝鮮族は朝鮮式に「Yeongil(ヨンギル)연길」と呼びます。駅名表示も漢語と朝鮮語とが対等に並んでいます。
中国の地名なんだから中国式(漢語式)で呼ぶべきだ、などという発想は、彼らにとっては「へー、世の中にはそんな考え方もあるんですか?」というレベルのようです。

さっきの朝鮮族女性は、
「自分の名前を朝鮮式に呼ばれようが、中国式や日本式に呼ばれようが気にしません。却って日本式に呼ばれれば親しみを感じるので日本式名前にOKします」とまで書いています。

ご存知の方も多いでしょうが、中国語(漢語)は沢山の方言があり、お互い会話が通じないほどの違いがあるそうです。漢字で書けば同じでも発音が全く違うらしいです。「毛沢東」を北京語では「Máozédōng(マオ・ツォトン)」と呼ぶが、上海語では全く別の呼び方だし、広東語は広東語でまた別の呼び方になる、という具合です。その延長線上に朝鮮式の呼び方「Motaegdong(モ・テットン)모택동」があり、そのまた延長線上に日本式の呼び方「もうたくとう」がある。どうやらそれが中国人の世界観であるらしいのです。もちろん朝鮮語も日本語も中国語の方言なんぞではありませんが、そこが「中華思想」の「中華思想」たる所以でしょうか。

それを考えれば、「マオ・トゥトン」と言わないからといって、中国が北朝鮮に抗議しないのは当然でしょう。中国語(漢語)の中ですら沢山の呼び方があるのですから。

私が知っている中国語教室の先生方は日本人生徒の名前を、例えば南さんなら「Nán(ナン)」、高田さんなら「Gāotián(カオティエン)」と呼んでいました。(もちろん中国語で話す場面でのことです)
人名であれ地名であれ漢字由来のものであれば、その名前を中国人は中国式に(地方ごとに違うかも知れないけれど)呼び、朝鮮人は朝鮮式に呼び、日本人は日本式に呼ぶ。当たり前じゃないか。それのどこがいけないのか。 ・・・・ 「現地音尊重」なんて彼らにとっては理解しがたいことのようです。

話を元に戻しまして…。その「1円訴訟」の後、NHKをはじめとして日本のマス・メディアの流れが大きく変わりました、と書きましたが、流れを大きく変えた要素は何だったとお考えですか?現地音を尊重しなければいけない、という確たる信念や主義主張がマス・メディアを変えたのでしょうか。
へええ? そうだろうか…と私は疑っています。

外国(特に韓国・朝鮮)の人名・地名を日本語読みにして、またまたあの時のような「訴訟騒ぎ」になったら厄介だ。そんなのをいちいち相手にしていては煩わしいし時間や費用もバカにならない。小うるさい連中が群がって来ないように今から予防線を張っておこう、というのが本音じゃないのかなと思うのです。端的に言えば虫除けスプレーですよ。手足や首筋にプシュっとやっとけば刺されないし痒くもないし安心でしょうww。

もし、現地音を尊重しようという確たる意思が本当にあるのなら「全羅南道(전라남도)」を「チョルラナムド Cho-ru-ra-na-mu-do」なんて呼ぶはずがありません。

在日も含めて韓国・朝鮮系の人たちは、日本のマス・メディアが自分たちを、まるで やぶ蚊? のように扱うことに腹が立たないのでしょうか。もしかしたら辺真一氏が言う「気を使いすぎている」はそれを遠回しに皮肉っているのかな?とも思います。


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